話を語れるようにするために時間をかけるとともに、ご自身が年齢を重ねることで、「怪談」で描き出せる世界は、より奥深いものになったようです。

 

「ある話をどうしても自分が納得できる内容にできないことがあったんですね。さっきの話のカケラのことでいうと、最後の1ピースがどうしてもずっと見つからないみたいな感じでした。だけどそれは題材のせいではなくて、自分の問題だったんですね。見つからないまま自分も年を取って、ようやくその話を語れるようになったんだと気付きました。納得できなかったのは、50代・60代で語っても、聴いてくださる皆さんに対して説得力がなかったからなんですよ。ですから、71歳になる今年、初めて聴いていただける話もできたんです」

 

 

 71歳になる今、初めて語れるというのは、どんな感じの話なのでしょうか。

 

「私がテレビにたくさん出て、皆さんに喜んでいただいていたころは、私自身にもいろいろな欲がありました。クルマが好きでしたから、自分でいいクルマを持って気持ちよく走らせてみたいとか、いろいろなものが欲しい、そのときを楽しみたい……。そういった欲は、年とともに自然に無くなっていくんですね。前なら、いい酒というのは値段の高い珍しい酒のことだと思い込んでいたこともありましたけど、今は本当にいい酒は、気の合う人と、何でもないものをつまみながら楽しく話して酔える酒だと、心から思えています。それと同じような心持ちで語れる『怪談』もあるんですよ」

 

「気の合う人」と「楽しめる」話。それが稲川さんの「怪談」なのかもしれません。

 

「ただ、これまで私の話を聴いてくださってきた皆さんだけに楽しんでほしいとは、全く思っていないんです。むしろ、今まで聴いたことがないという方にどんどん来ていただけるのが何よりうれしいですね。その方々に、私の話で何か心が通じ合うということを感じていただけたらと、公演のたびにいつも願っています。私の『怪談』というのは、ホラー映画や何かと違って、ただ怖いだけじゃないんです。みんなで一緒に怖がることで、気持ちが通い合う。ちょうど、お盆の時期に帰省すると親戚も大勢集まっていて、そこで何でもない話をしているだけなのに、不思議と楽しくて落ち着いた気持ちになれる。そんな時間を皆さんに過ごしてもらえたらと思って、この公演を続けているんです」

 

 

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