■人と人とのつながり、エネルギーが生まれる場所を作りたい

 

 数多くのステージを経験したことで、今のクラシック業界に足りないものが段々と見え始めます。枝並さんが次に掲げた目標は「オーケストラを作る」ということ。その設立の理由からは、彼女の並々ならぬ音楽への熱意と温かな人間性が感じられました。

 

「近年のクラシック業界が置かれている状況を考えた時に危機感を感じました。日本におけるクラシックコンサートは、まだまだ敷居が高く欧州に比べると集客率も低い。お客さんが入らなければ、どれだけ素晴らしいオーケストラでも収益が得られずに潰れてしまいます。私は幼い頃からオーケストラが大好きだったから、そんな現状を見ているのが悔しくて……。『何か行動に移さないと』と思いました。クラシックコンサートでも、ロックやポップスのライブ会場のように、観客との絆やエネルギーがもっと生まれるべきなんです。お客さんにとっては、気軽にオーケストラ音楽を楽しめる場所。演奏家の仲間たちにとっては、舞台に立つ喜びを感じられる場所。そんな、双方の“エネルギーが生まれる場所”が必要だと感じて、オーケストラの立ち上げを決めました」

 

 加えて昨今は、インターネットの普及により、家にいながらにして何でも手に入る時代に。自身の音楽活動を通して、さまざまなものとの“つながり”が希薄化した現代社会と向き合います。

 

 

「例えばオペラには元々、幕間にお酒を飲みながら談笑して周りと親交を深める、そういった人との触れ合いを楽しむ文化があったんです。近年はデジタル化が進み、コミュニケーションを取ったり、生のものに触れたりする機会が失われてきています。私たちの活動が、『コンサートに行く』という行動の後押しや、『感想を語り合う』というコミュニケーション創出のきっかけになればうれしいですね」

 

 そして、2018年6月22日。自身がトータルプランニングを行ったプロジェクト「オーケストラ・ポッシブル」の記念すべき初公演「Born~音楽は心のくすり~」を開催。超一流の演奏家たちによるフルオーケストラコンサートの題材に選んだのは「日本の医療ドラマを彩ってきた名曲」というものでした。

 

「医療ドラマは“生死”というシビアなテーマを扱うので、受け手の心が動かされる瞬間が多いですよね。私たちの音楽も、聴衆に感動を与え、同時に演者も刺激を受ける、そんな“人の心を動かすもの”でありたいと思いました。クラシック音楽もただのエンターテインメントではなくて、死ぬ間際や娯楽が許されていない厳しい時代に書かれた楽曲など、当時の音楽家たちが戦いながら後世に残してくれたものも多いです。だから、それを演奏する私たちは、「楽しい」「うれしい」というプラスの感情だけではなく、「苦しい」「悲しい」といったさまざまな感情を表現しなくてはいけない。そういう演奏をして初めて、人の心を動かすことができると思うんです。お客さんの心の深い部分に刺さるようなコンサートにしたかったので、そのために演者の感性も刺激されるようなテーマである必要がありました」

 

毎日をパワフルに過ごす枝並さん。輝き続ける秘訣とは?(次のページへ)