「怪談って破片を集めて作るんですね。例えるなら考古学のようなもので、何かの破片をいくつも集めて観察して、『これはつぼかな?どんぶりかな?』と考える。別のところからも破片が出てきて、さっきの破片と合わせると一つのつぼになった。そんな風に、集めて、整理をして、組み立てていくのが私の怪談作り。でも、今年話す怪談だから最近の破片というわけではなく、話になるまでに長い時間を費やすものもあります」

 

 

今回初披露する怪談の中にも、稲川さんの心に引っかかっていた破片が長い年月を経て形になった、とっておきの話があるんだそう。これまでの“稲川怪談”とは趣が異なる意欲作をメインに据えた今年のツアーは、「去年の86倍くらい面白くなるかも」と稲川さん自身が太鼓判を押します。

 

「ふた昔くらい前かな?終戦記念日の新聞に小さく載っていた、特攻兵を見送る女学生の話がやたらと印象に残っていて。それに合う破片がようやく見つかったので、今年こそ話をまとめようと思ったんです。それが1週間経っても全然まとまらない。諦めて眠りについたら頭の中でどんどん破片がつながっていって、慌てて書き起こしたら、たったの50分で完成してしまった。しかもそれがすごくいい話だったんです。自分じゃない誰かの仕業だなと思いましたよ(笑)。人の思いや歴史が感じられて、心をジーンとさせてくれるきれいな話になりました。ほかには、明るい日差しの中かげろうが立って、その奥にセピア色の風景が浮かび上がってくるような、今までの怪談とは違う雰囲気の話も披露します。忘れかけていた思い出がふっとよみがえる。私の怪談を聴きながら、そんな体験をしてもらえたらうれしいですね」

 

 

「怖さ」と共に情緒や懐かしさが漂い、時には優しさや切なさがにじむ。その独特の味わいこそが、“稲川怪談”の神髄です。

 

「昔、落語と怪談が似てると言われたことがあるんですが、それは全然違う。落語は素人にはマネできませんが、怪談っていうのは日本人なら誰でも1つは知っている。怪談の怖さは身近にある怖さです。『誰でも話せる』ということは『すぐそばにある』ということですからね。今の怖い話というと、ホラーやスプラッターのような狙いすぎた恐怖や残忍な表現が多い。それは『ショック』であって、怪談の怖さとは別物なんですよ。怪談っていうのは、昔からある風習や行事が基になっていて、怖いけど、あったかくて懐かしい。言いようのない景色が浮かんでくるような、じわじわと迫ってくる怖さなんです」

 

まるで縁日やジェットコースターのような、誰もが楽しめる怪談を(次のページへ)