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17人がカメラを回した想田監督の観察映画第8弾

 5月にシネ・ウインドで公開した映画「港町」でメガホンを取った想田和弘監督。Komachi MAG.ではこの公開に合わせ想田監督にお話を伺いましたが、今回はシネ・ウインドで8月に公開予定の最新作「ザ・ビッグハウス」について語っていただきます。前回もお伝えした通り、想田監督は自らの作品を「観察映画」と呼び、「十戒」を掲げてドキュメンタリーを撮っています。「ザ・ビッグハウス」はその第8弾です。

 舞台は全米最大のアメリカンフットボール・スタジアム「ミシガン・スタジアム」、通称“ザ・ビッグハウス”。名門ミシガン大学のアメリカンフットボールチーム、「ミシガン・ウルヴァリンズ」の本拠地です。現在の収容人数は107,601人。これは地元アナーバー市の総人口に匹敵します。

Ⓒ2018 Regents of the University of Michigan

 

「そもそも僕はアメフトにもミシガンにも縁もゆかりもなかったんですよ。だけどミシガン大学教授のマーク・ノーネスが、僕を1 年間客員教授として呼んでくれたんですね。で、『どうせ来るんだったら学生たちと一緒に映画を撮らないか』って誘ってくれて、『ビッグハウスというとてつもなくでかいアメフトのスタジアムがあるから、それをみんなで撮って長編映画にしないか』って言われた。僕はアメフトのルールも知らないし、『ビッグハウスって何?』というところから始まったんです」

 

監督の掲げる「観察映画の十戒」の中には「被写体や題材に関するリサーチは行わない」というのがあります。

 

 「アナーバーっていう町はミシガン大学の本拠地なんですが、町自体が10 万人ぐらいしか人口がいないのに毎回試合で10 万人分の席が満員になるんだそうです。相当に奇妙な現象が起きてるなって思って興味を抱きました。何でも大きいアメリカでの中で、一番大きいスタジアム。しかもなんでそれがミシガンにあるんだろうって、いろんな疑問が湧いてきた。それに学生たちと一緒にやるのも面白いかなと思って、みんなで撮ることになりました」

 

 想田監督も含め17人のカメラマンで撮った本作ですが、そのうち13人はミシガン大学の学生だったそうです。

 

Ⓒ2018 Regents of the University of Michigan

 

「学生の中には初めてプロ用のカメラを触る人もいて、最初はどうなることやらと思いました。みんなカメラを持って人に近付いていくのが怖いみたいで、最初は遠くから遠慮がちにカメラを回していたんですけど、『もっと近寄って撮るように』と口を酸っぱくして指導して。あとは観察映画のスタイルで撮ることは最初から決めていたので、僕が観察映画のレクチャーをしました。みんなには『あらかじめストーリーとか決めちゃダメだよ』『とにかくよく見てよく聞いて、その結果、面白いと思ったことにカメラを向けなさい』と指導しました」

 

 みんなで一斉に17台のカメラを回す撮影法は、巨大スタジアムの中では効率的で、結果、この映画にとても合っていたそうです。17人のカメラマンはそれぞれ、チアガールやマーチングバンド、 警備員、巨大な厨房など、それぞれが撮りたいものを独自の視点で撮っています。想田監督は被写体が重ならないように調整し、あとは個々に任せていたそうです。

 

Ⓒ2018 Regents of the University of Michigan

 

浮かび上がるアメリカの文化と問題

「撮ってきた画をみんなで授業で見ているといろんな視点が出てくるわけです。例えば『観客席、白人ばっかりだね。だけど、厨房(ちゅうぼう)で皿洗いしている人は有色人種ばっかりだね』とか、『無料で水が飲めるのに、なんで5ドルの水を買う人がいるんだろう』とか。僕らの合言葉は『試合以外の全てを撮ろう』。というのは、試合は全米に中継されるんですが、報道陣がものすごい数来るビッグイベントで、視聴率が9%とかいくんですよ。大学のアメフトですけど、放映権料も何十億っていう世界なんですね。だからビッグビジネスなんです。ですから僕らが同じように試合を撮っても意味が無い。そうじゃなくてみんなが普段見ないようなところ、光が当たらないところにカメラを向けようというのが我々のコンセプトだったんです。そうするとこのビッグハウスというところに、いろんな理由でいろんな人が集まって来ていることがわかるんですよね。もちろん、観客として試合を楽しみに来る人もいれば、その10万人を収容するためにいろんな役割で働いている人たちがいる。報道陣もいるし、警備をする人もいるし、集まる10 万人を目当てに布教活動をする人もいるし、10 万人が出すゴミを集めてそれで生計を立てている人もいる。その人たちにはゲームなんかどうでもいいわけですよね。10 万人が来てゴミを出すということが、重要なわけで」

 

Ⓒ2018 Regents of the University of Michigan

 

 いろいろな人がぞれぞれの理由でビッグスタジアムに集まり、その姿を17台のカメラが追い掛けます。その中には高額な使用料を必要とするVIPルームを使用する富裕層もいます。

 

「VIP ルームの使用料は年間 6万1000 ドル(日本円で700 万円ぐらい)は最低かかります。試合は1年に6~8試合ぐらいしかないですから1 試合に(日本円で)100 万ぐらい彼らは払っている。階級社会がそこにあるということがよくわかります。でも彼らが行う寄付金によって、大学の経済が保たれている。ミシガン大学って州立なんですけど州からの助成金は60 年代からどんどん下がり続けて、今は予算の16%しかない。それ以外をどうやって集めるかというと、寄付が大きいんです。ビッグハウスに卒業生が試合を見に来ては、小切手を切って行くわけです。多い人だと30億円とか。それがなかったら、この大学は維持できないんですよ。ここにはアメリカ社会の矛盾とすごさが、ある意味小宇宙のようにつまっている。それを僕らは描こうとしているんですね。アメリカ社会の縮図がこのビッグハウスにはあるんです」

 

 人種、階級、格差、宗教など、アメリカの文化と今、抱えている問題が本作を通して浮かび上がってきます。加えて、撮影時の2016年秋は、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの大統領選挙の最中。「期せずして転換期のアメリカも結構映っているんですよ」と想田監督。「作品をよく見て、よく聞いて、自分の好きなように楽しむ」という「観察映画」の鑑賞ルールに乗っ取り、何か自分の中で腑(ふ)に落ちなかったり、ひっかかったりするところがないか、探ってみてください。その違和感やひっかかりこそが監督が望んでいることだと言います。さらに気になる次回作についても語ってくれました。

 

Ⓒ2018 Regents of the University of Michigan

 

 

「ミシガンにいるときにご縁があって、50年ぶりに刑務所から出てくる人を撮影しました。16歳のときに殺人を犯して終身刑の判決が出て、17歳で収監されていたんですけど、未成年に対して終身刑を自動的に科すのは違憲だって判決が2012年にアメリカで出たんですよ。それで再審が始まって67歳で刑務所から出てきた。しかも刑務所から出てくる瞬間からカメラを回すことができたんです。家族が近くにいなくて、所持金も10ドルか20ドルぐらいしかない。単純に、この人この後どうなっちゃうんだろうって思いました。あとは罪って何だろうってすごく考えてしまいました。だって67歳の現在の彼と16 歳のギャングのメンバーだった彼とはほぼ別人。虫も殺さないような好々爺(や)になっているわけです。でも、その人が人を殺したのも事実なわけで、今目の前にいる人はいったい誰なんだ?と。人間のアイデンティティって何だろうって考えさせられました」

 

 

 アメリカンフットボールの一大イベントを追った「ザ・ビッグハウス」は8月18日(土)~31日(金)にシネ・ウインドで公開。前回お伝えした「港町」は9月1日(土)~7日(金)に再上映されます。気になる次回作は来年の公開を予定しています。

 

ザ・ビッグハウス
8/18(土)~8/31(金)公開
監督・製作・編集/想田和弘
監督・製作/マーク・ノーネス、テリー・サリス
監督/ミシガン大学の映画作家たち
◆東風、gnome配給

 

港町
9/1(土)~9/7(金)公開
監督・製作・撮影・編集/想田和弘
製作/柏木規与子
◆東風、gnome配給

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