新潟に戻ってからも敬愛し続け、強く厚い関係を保ってきた松井さんに、今回の曲「Yes I Do」の作詞をお願いすることになりました。

 

「こういう意図でこういう曲を作りたいとお話しすると、すぐに快諾してくださいました。それに、松井さんも新潟に全く縁がないというわけじゃないんですよ。ずっと前から全国各地で音楽を教える仕事もされていたので、そのために新潟にもよくいらしていたんです。だから土地としても、そこで暮らす人たちに対してもご自身の中にイメージをお持ちだったようです。そのイメージをもとに、歌詞を書いていただきました」

 

 

 新潟のイメージを内包しながら、同時にどこであろうと郷里を愛しているなら多くの人が自然に共感できそうな、普遍性を持った歌詞が完成しました。その歌詞が歌われる曲をどうするか。それについて、こちらは井上さんに、あるイメージがありました。

 

「作ることを決めたときから、『ウィ・アー・ザ・ワールド』のような曲にしたいと思っていたんです」 

 

 イメージのもとになった「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、1985年に当時のアフリカの飢餓と貧困から多くの人を救おうと作られたチャリティーソングです。80年代に世界のスーパースターとなっていた、故マイケル・ジャクソンが中心となって、現在も東日本大震災からの復興に尽力するなど、チャリティー活動に積極的なシンディー・ローパーをはじめ、ビリー・ジョエルやブルース・スプリングスティーンら、人種とジャンルの壁を超えて、数多くのアーティストが参加し、「USA フォー・アフリカ」という名義で発表しました。

 

「まだ上京する前、新潟でこの曲を初めて聴いて、テレビで映像も見て、本当に感動しました。僕の音楽的な原点になった曲といっていいかもしれません」

 

 

 

 善意と共感、そして希望を伝える曲という意味では、「Yes I Do」と「ウィ・アー・ザ・ワールド」は、どこかで通じているといえるでしょう。壮大で、でも聴いているとなぜか心を軽くして、明るい気持ちになれる。そんな「YES I DO」のメロディーは、Negiccoの作曲やプロデュースを手掛けてきたconnieさんが作りました。

 

「僕にイメージがしっかりあったので、思った通りの曲にしてもらえたと思います」

 

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