■架空のミュージカルから生まれたミニアルバム

 

 角松敏生さんは、お母様が加茂市のご出身とあって、今も新潟とは深い縁(えん)を感じているといいます。1981年にデビューし、日本のシティポップスが確立し始めるころから積極的な活動を続け、県内でもたびたびライブを行ってきました。そのデビューから40周年となる2021年に向け、およそ2年をかけて、さまざまなことをやっていくことを考えているそうです。その第1弾として、ミニアルバム「東京少年少女」をリリースしました。

 

「このミニアルバムは、僕の友人で舞台作家、ミュージカルも手掛けているKOUTAさんと何気ない話をしたことがきっかけで生まれたんです。彼が漠然と、『東京少年少女』というタイトルのストーリーを思いついたというんですね。舞台は、高校。それもバリバリの進学校で表向きは堅くて真面目なイメージなんだけど、裏では生徒同士のいじめがあったり、先生の間でもいろいろなことがあってドロドロしているみたいな(笑)。その学校で誰にも注目されない、廃部寸前の吹奏楽部を立て直して、音楽を通じて学校全体も登場人物たちも、自分たちを取り戻し、新しい道を歩み始める話だと聞いて、僕はとても面白いと思ったんですよ。音楽が人間と、その人間たちを取り巻く環境を変えていくということに、大きな可能性を感じたからです。それで、そのストーリーをもとに、僕なりに架空のミュージカルのための音楽を作りました。その架空のミュージカルの全体像を、ミニアルバムという形で皆さんと共有できるものにできたら、それを僕の40周年にむけての新たな挑戦の成果の1つとして残せると考えたんです」

 

 

 そうご自身が語るように、KOUTAさんの発想がもとになった最新作では、収録された6曲中5曲で、歌詞を角松さんとKOUTAさんとで共作しています。

 

「歌詞は最初に、彼がミュージカルの中の曲として伝えたい言葉を書いてもらいました。その言葉を、僕が歌うべき言葉として、メロディーとの整合性を考えて、ある部分は言いかえ、ある部分では加えていきました。いってみれば、彼の言葉を加筆修正した形ですね。そうやって作り上げた歌詞にふさわしい編曲をしていきました」

 

 これまでとは少し違った過程を経て完成したミニアルバムでは、今までの諸作に通じる、明確で力強く、そしてスマートな角松さんならではの音の連なりが楽しめます。ただ1つ、ほかにはない、このミニアルバムだけの特別な要素が加わりました。それは、架空のミュージカルのための音楽とあって、角松さん以外の人の歌声です。最新作では曲によって、「赤毛のアン」「マンマ・ミーア!」「レディ・ベス」をはじめ、多くのミュージカルに出演している、吉沢梨絵さん。同じくミュージカルはもちろん、アニメ映画「塔の上のラプンツェル」の日本語吹き替え版で主人公の歌唱部分(セリフの吹き替えは、中川翔子さんでした)に抜擢された小此木まりさん。さらには大編成のコーラスの歌声とともに、このミニアルバムのために書かれたセリフも聴くことができます。

 

「吉沢さんと小此木さん、お二人の舞台は以前から、それぞれ何度も観させてもらって、優れた才能を感じてきましたし、観るたびに感動してきたんです。だから、お二人それぞれと僕がデュエットしたら、どんな歌が生まれるか。それをやってみることも、新たな挑戦でした」

 

 

 ミュージカルという生の舞台に数多く立ってきた2人と1つの曲を歌ったことは、角松さんにとっては、新鮮な経験だったようです。

 

「ミュージカルをやっている人の歌のうまさというのは、ポップスのシンガーの歌がうまいというのと、まったく意味が違うんだと実感しました。どう違うかというと、ミュージカルは何日も、ときには何週間も同じ演目を毎日、その日にしか観ることができないお客さんを前に、歌うだけじゃなくて、ダンスも演技もやって、そのすべてで高いレベルを維持し続けるということです。それを可能にしているのは、ポップスのシンガーたちが持っているのとは別の才能と実力です。そういう才能と実力を備えたお2人と一緒に、僕が作った曲を歌って、自分にもまだまだ、歌うことを自分の表現としているものとして、成長できる余地があると感じました」

 

「新しい角松敏生の音楽の世界を生み出せたら」(次のページへ)