近年の怪談・ホラーブームの火付け役として知られる、怪談家・稲川淳二さん。全国各地を巡って生の語りで人々を楽しませる、「MYSTERY NIGHT TOUR 稲川淳二の怪談ナイト」は、2020年で驚異の28年連続開催となりました。最近では、人気漫画「ゴールデンカムイ」とのコラボレーションで話題になるなど、古希を迎えてもなお、アグレッシブに活動を続ける稲川さんに、外出自粛期間中の影響や変化、2020年のステージの見どころなど、たっぷりとお話を伺います。

非日常的な体験が創作意欲をかき立てる、コロナ禍における怪談作り

6月某日、オンライン取材に応じてくださった稲川淳二さん

ツアーの幕開けを前に起こった、新型コロナウイルスの感染拡大。一部公演が中止、そのほかの公演もチケット販売が一時停止するなど、「怪談ナイト」の開催にもその影響はおよびました。緊急事態宣言が発令され、外出自粛生活が強いられる一方で、稲川さんの怪談作りにはプラスの側面があったといいます。

「世界的な規模で、こんなことが起こるのはそう体験できることではありません。こういう時だからこそ、『今までやってないことをしてみよう』『冒険してみよう』と、逆に意欲が湧いてきたんです。普段だったら、雑音が聞こえたり、景色が視界に入ったりと、周りの様子が気になることもありますが、外出自粛期間中は人とも会わない、同じようなものしか食べない。栄養も生活も偏っているわけです(笑)。怪談というのは非日常の話ですが、まさに自分もある意味で非日常を体験していたので、創作に夢中になることができました」

2020年3月から取材時点の6月終わりまで、一度も街歩きをしていないという稲川さん。自宅マンションが外壁工事中ということもあって、外が見えない閉鎖された空間の中、幽霊の気配を背中に感じながら怪談作りに励んでいたそうです。

「怪談作りは、話の破片を探しに出かける『心霊探訪』から始まります。破片を集めるうちに、話がだんだんと出来上がってくる。破片同士がつながる瞬間が一番面白いんですよ。そして、頭の中に情景や世界が広がって、私はその中にいる。例年はツアーが進んでいくと、より鮮明に景色が見えてきて、景色を見ながら怪談を話すのですが、今年はすでに景色が見えているんです。一人でいる時間が長かったからか、さらに緻密に、話の世界に没入できているように感じます」

困難の多い状況下でも、「怪談ナイト」をやり遂げようとすることには理由があります。稲川さんたち制作チームと、子供からお年寄りまで幅広い層のファンが共に創り上げてきた28年の歴史、そしてつながりがあるからこそ、一年も欠かすことなく続けたいと稲川さんは力強く話します。

「20年以上のお付き合いになるファンの方も多いですね。怪談は仕事ではなく、まさに私の人生なんですよ。人生は空白を作ったり、省略したりできないでしょう?だから今年もやり遂げたいですし、これまでずっと同じスタッフでやってきて、各地の会場に行けば知った顔が何人もいて、変わらずにお客さんを迎える。そんな横のつながりがあるから、自然とテンションが上がって、『今年も良かったですね。ではまた来年』となるんです。最近では私のことを、『おじいちゃん』『お父さん』と呼んで慕ってくれるファンの方がいたり、孫のような小さな子まで見に来てくれたりと、本当に胸が熱くなりますよ」